落葉松自転車商会

Larix Bicycles

五味池破風高原から毛無峠へ

 長野県と群馬県の県境は、浅間山四阿山荒船山など火山活動によって形成された独特な地形や景観があり人里を離れた秘境も多く、北アルプスのような派手さはないものの魅力的な山々が多くあり、私も幾度か自転車や登山で訪れています。
 須坂市群馬県と県境を接しており、大笹街道や万座に至る道など交易も古くからありました。
 そんな上信国境の一つである五味池破風高原から毛無峠の山域へチャレンジしてきました。

 この夏一番の冒険だったので、記事にしたためます。

 

 

 

◆8/15 5:00起床。予報は終日曇り

 今年の夏は、あまりにも早すぎる梅雨明けのあとの天候不良、そしてお盆明けからずるずると秋の長雨になっていく週間予報に悩まされる夏だった。

 そんなお盆休みの8月15日終戦の日。前夜の予報では終日曇りで最高気温も30℃を下回る涼しい一日ということで、かねてから挑戦したいと思っていた五味池破風高原から毛無峠へ走破するルートにチャレンジすることにした。
自宅から、激坂&担ぎ上げありの人里離れた山中を距離にして60km弱、標高差1,700mを走破しなければならないハードなコースにはとても気合が必要だった。

そんなコースを踏破するのに選ばれた相棒はARAYA MuddyFox 650Bである。
とはいうものの、キャリア&マッドガード付きのフェデラルは重すぎるし、BianchiのフルリジッドMTBは走破性とブレーキ性能に難ありということで、必然的にマディフォックスしか無いのである。油圧ディスクとサスペンション、そして担ぎやすいXCフレームは偉大だ。

 

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朝5時に起床。
予報は変わっておらず、行けそうだ。
準備をして6時に自宅を出発し、須坂市街から長野県道346号五味池高原線へ入り、豊丘地区の坂道を登っていく。
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壁のように行く手を阻む山塊。あれの向こうへ登るのかと初手から心が折れそうになる。気温は低いが前夜の雨で湿度は高い。
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急勾配になっていく豊丘集落の道をこなすといよいよ山へと入る。
オートキャンプ場がある五味池破風高原自然園までは13km、標高差900m余り。浅間温泉から美ヶ原林道を経て武石峠相当の北信随一の激坂が待っている。
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序盤は沢沿いの急坂で、その後陰鬱なスギ林をつづら折りに登っていく。つづら折りな部分はまだいいのだが、我慢できずにそのまま勾配をキツくして登っていくバカ区間が度々現れてキツい。おまけに全く人の気がなくてクマとか出そうで怖いからフレームバッグに熊鈴をぶら下げて登る。ええ、全然楽しくないw
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つづら折りの激坂区間をこなし、標高1,100mまで登ると、道は一旦トラバース気味になり、少し脚が休まる。
下り基調の区間もあるが、今までの登ってきたモノを削いでいくので止めて欲しい限りだ。細かい尾根をすべて巡っていくので、漕いでいる割になかなか景色は変わらず進んでる感じがしないのも辛かった。

 

◆出発から2時間で雨来る。
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出発から2時間。豊丘ダムを見下ろすコーナーにて小休止。
と、ここで雨粒が……。
天気アプリで確認すると、予報が昼頃雨に変わっているじゃないか。それもしっかり降る感じで、雨雲レーダーを見るにちょうど五味池破風高原オートキャンプ場に着く頃に本降りになるようだ。
うそつき。

もちろんレインウェアも装備しているが悪天候の中、里からのアクセスの悪い山中を、ましてや単独で行動するのは避けるべき状況だ。
関係ないかもしれないがマムシの死骸をもう3つも見てるし……(以前、ヘビを自転車で踏んでしまったらメカトラが起きたことがあったのでナーバスになる)
ここで引き返すことも考えたが、昼以降更に降る様子では無かったので五味池破風高原まで登ることにした。
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悪婆山(なんとまぁすごい山名だ)を過ぎると鞍部にたどり着く。カラマツの植林地が広がり視界が広がる。雨も一旦は小康状態のようだ。
ここまで来ると、キャンプ場はもう少し。もしかしたら、予報よりマシになるかもしれないと淡い期待もいだきつつマディフォックスを走らす。

しかし、山はまだサプライズを用意していた。

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程なくキャンプ場に至る、尾根越しのコーナーのカーブミラーにかすかに黒い塊が映ったような気がした。


まぁ、いてもおかしくはない。
というかこれまでの行程で会わなかったほうが不思議なくらいと思いながら、コーナーを立ち上がると、その先の直線のガードレールの側にツキノワグマが一匹いた。
ビンゴである。

いよいよ、今日はダメな日だと無理を押して先へ行く気が失せた。
おとなしく帰ろう。


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とりあえず五味池破風高原に到着。
序盤の激坂や天候の変化でフィジカルもメンタルも結構消耗していた。
中野市街は降っているらしく、高社山が霞んで見えた。
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駐車場はキャンプサイトでもあり、家族連れなど3組ほどがテントを張っていた。
ツキノワグマを見た話をしたら、前日にもいたよと子供が珍しいものを見て満足気に話してくれた。その後、キャンプ場の管理室でも最近いる同じ個体のようだという話であった。大きさからして独り立ちしたばかりのオスだろう。ツキノワグマとの良い距離感を保つため、キャンプの時はゴミや食料の管理には注意を払いたいものだ。

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展望の良い駐車場から暫く進むと管理棟に着く。
このところロードバイクヒルクライムに挑むライダーがそこそこいるらしく、バイクラックが設置してあった。
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果てたキベリタテハ。
宿直の方がログハウスに招いてくださったので、お水を頂いたりとしばし雨宿りすることに。しばらくすると、管理人が上がってきた。午後の天気の様子やその先の道の状況などを聞く。

せっかく登ってきたけど、またあのツラい坂道を登ってこなきゃいけないかもしれないが、今日は帰ろう。

 

◆せっかく来たので五味池へ

帰る腹を決めたが、雨が降ったりやんだり釈然としない天気が続く。心を揺さぶるのはやめてほしい。
でもせっかくなので五味池は巡ることにした。
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五味池の大池はキャンプ場から少し山を降りたところにあり、行き方は林道を下るか、登山道を下るかの2通りがある。林道で下って、登山道を担ぎ上げてくることにした。
この林道はそのまま下っていくと豊丘ダムに至るのだが、2019年の台風19号災害で路盤が崩壊し抜けられないとのこと。同じエリアの米子大瀑布に至る林道も同じ状況で、如何に台風の被害が大きかったかがわかる。
林道を軽快に降りていくと、霧が立ち込める平場についた。

そして次第に霧が晴れていき……

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五味池の大池が現れた。
背後の岩盤も相まって、湖面に女神が立っていそうな幻想的で凛とした景色が広がり、息を呑む。
5月頃はレンゲツツジが大変綺麗なのだそうだ。ぜひ訪れてみて欲しい。


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コオニユリにクツワムシみたいなのが止まっていた。
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五味池破風高原は乳山牧場として牛の放牧に利用されていたが、使われなくなって久しいのだという。大池の山際には潰れた牧場時代の建屋がみえる。石垣や、柵もあり、往時を偲ばせる。
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静かなひとときをしばし楽しむ。

しかし、アメンボが作る波紋かと思っていたものが、雨によるものになってきたので撤収。
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帰りは標高差200m弱の担ぎ上げである。キャンプ場の管理人により草刈りがしてあり、道は明瞭で歩きやすかった。感謝の限りである。
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登っているうちに本降りになってきたが、なんとか管理棟まで帰ってきた。振り返ると、眼下に大池が雨で霞んで見える。

 

◆本降りからしばしの逗留。

すっかり土砂降りで、帰るにしてもしばらく動けないのでお昼にすることに。
麓の豊丘財産区が所有する「つつじハウス」でジンギスカンや蕎麦が味わえる。
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ジンギス食べちゃうと帰るのも嫌になりそうだったので、蕎麦を食べる。今思うとジンギスで良かったなぁ。また食べに来よう。

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食後はログハウスのベンチに腰掛け、うつらうつらしながら雨が上がるのを待った。


◆天は言っている。登れと

12時半ごろ雨が上がり、突如日が差してきた。f:id:larixbicycles:20220910170037j:image

天候の回復が思っていたより早く、麓からの情報だとこれから雨は降らないという。
アプリで見ても後続の雨雲はない模様で、気持ちが揺れる。

今から破風岳へ向かえば14時ころ登頂し、15時前には毛無峠から下山できるであろうと踏み、下山せずに当初のルートを行くことにした。
あと30分遅かったら止めてる。

これまでの登山経験で、一旦止めた行程が復活するなんて初めてである。
図らずも2時間ほどの逗留が回復の時間となり、気力体力ともに十分満たされている。
嬉しさと戸惑いがまじりつつも歩みをすすめる。
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かつての牧場の中を行く砂利道。正に牧歌的な風景が広がる。
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午前中の雨が嘘のよう。気温はそこまで高くないが、少し汗ばむ陽気になった。
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破風高原は、柔らかい地質が先に侵食され硬い地質が残る差別侵食によって形成された「メサ(スペイン語でテーブルのこと)」と呼ばれる台地状の地形になっている。長野県内では美ヶ原や荒船山が代表例に挙げられるだろう。
気持ちの良い伸びやかな斜面の向こうには善光寺平が。晴れていれば北アルプスも一望できるだろう。
天上の楽園がそこにある。

 

林道が終わると笹薮の中を行く登山道を登っていく。定期的に刈ってあるようで明瞭だ。登山道に入って割とすぐに遭遇した、本日4度目のマムシは生きていた。
南にある土鍋岳の方へ回ってから破風岳へ向かうルートと、破風岳へ直接向かうルートの2つがあるが、時間も気になるため直行ルートを選ぶ。
雨上がりで足元が濡れてきたが、もう降らないので心配ない。グチョグチョしてちょっと気持ち悪いけど。

 

◆見たかった景色

笹薮の中をジグザグに登っていくと、下から登ってくるルートと合流しメサの縁を登っていく。
笹薮でわからないが、左側は切り立った崖になっていることに留意しながら歩みを進めていく。といっても本当に縁を行く区間はほとんど無かった。

頂上の手前、視界がひらけた。
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これまでの道のりを労うがごとくの絶景。これが見たかったんだ。
4日前にクルマで訪れた毛無峠が見える。

 

予定通りの14時に、一度は諦めた破風岳(標高1,999m)に登頂。

破風岳は毛無峠から30分とかからず登れるため、頂上は断崖絶壁の縁であるのだが気軽なハイキングコースにもなっている。
この日も家族連れが一組頂上におり、私が自転車担いで裏から現れたので、驚かせてしまった。写真を撮ってもらったり、しばし談笑を交わす。

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頂上からは志賀高原や上州の山々、遠く北アルプスなど絶景が拝める。眼下には最盛期に2000人程の人々が暮らし働いていた、小串硫黄鉱山跡が一望できる。
吹き上げる風が心地良い。

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笹原が美しい斜面を下っていく。
毛無峠には今日もラジコン飛行機の人たちや、ドライブに来た人たちで賑わっているようだ。
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この登山道は上信トレイルにもなっており、毛無峠は数少ないクルマでアクセスできるポイントである。南へ行くと鳥居峠から入った四阿山林道終点まで救急車が入れるポイントがないのだから、このルートのハードさがわかる。
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破風岳を振り返る。
風を破るとはよく言ったものだ。逆光でよりエッジが効いてカッコいい。

 

◆今年4回目の毛無峠
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有名な県境に到着。
ここに来るのは今年で4回目。来過ぎである。
5月にアラヤ フェデラルで万座を経由して渋峠へ抜ける際に立ち寄ったときは濃い霧と強い風の中で、一刻も早く立ち去りたかったが、今日は青空まで見える。良い日になった。
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索道跡と泥狐。
毛無峠は標高は1,800m台と決して高山帯ではないにもかかわらず、森林が形成せず地表に高山植物が生える偽高山と呼ばれる環境になっている。これは硫黄鉱山の影響や絶えず風の強い環境に起因していると言われている。
ファンタジーの世界のような、荒涼とした独特な景色は多くの人を魅了する。

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当初、下りに取ろうとしていた湯沢林道は台風被害を見越して通行止めになっていた。
序盤は気持ちの良いダブルトラックなのだが、中盤の路盤に敷き詰めてある砕石がやたらデカくて、ハードテイルMTBにはちょっと酷な道なのだ。
以前走っていることとここまでで結構消耗していることもあり、行かなくて正解だったと思う。
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登りで彷徨った、向かいの奈良山から悪婆山の山塊を眺める。湯沢林道は手前の谷を下っている。かつてはこの景色に長大な索道があったはずである。
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万座に至る長野県・群馬県道466号牧干俣線との分岐まで戻ってきた。かつてはここに老ノ倉バス停があり小串鉱山への最寄り停留所だった。今もコンクリートブロックの建屋の遺構がある。
ここからはあと長野県・群馬県道112号大前須坂線を須坂まで下るだけ。

◆タイヤがもったいないので林道中日影線へ

軽快に降ってきたが、ずっと舗装路でMTBで来た甲斐がないというもの。
いたずらにレーシングラルフが削れていくのが切ないので、山田温泉のほうへ下る林道中日影線へ進路をとった。
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ところどころ雨裂がありタイヤを取られないよう注意が必要だが、爽快なグラベルライドが楽しめる。地形図上では古い登山道のルートしか書いておらずわかりにくいが、8kmほどのダブルトラックは手がジンジンしてくるほど長い。
標高を下げていくほどに湿気った生暖かい空気に包まれていくのが少しホッとさせる

 

◆旅の終わり

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高山村二ツ石からのウイニングランにふさわしいこの景色。
ぐるっと56km、獲得標高は約2,150m。
濃い。濃すぎる本当にタフなライドだった。

 

途中で天候が変わったのは精神的に辛かったが、昼の2時間ほどの休憩がなかったらもっと消耗していたはずである。
もし連続で行っていたら疲労によりトラブルを起こしていたかもしれない。
そして、ほとんど人の気配のない行程の中でキャンプ場の皆さんと談笑できたのもありがたかった。

体力、知力、気力、勇気……
自分の中のあらゆる能力を全投入して挑む山岳サイクリングの面白さを全身に味わうライドだった。

踏破できちゃったので結果オーライではあるのだが、そもそも天候が万全でない中出発したのには反省点がある。

なので、もうちょっと判断しやすい天候になってください。降るなら平日でおねがいします。